ある日手に入れた一枚の絵葉書から、
かつてその建物があった場所を訪れたくなる。

今回訪れる場所は、
大阪天王寺新世界にあった 噴泉浴場跡地である。

絵葉書は、戦前の噴泉浴場である。
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屋根には万国旗が飾られ、看板には「祝」の文字。

この噴泉浴場がオープンしたのは、大正2年6月のことである。
絵葉書に写っている人々の服装や、氷の屋台が出ていることからも、
オープンしてすぐの大正2年、夏の絵葉書と言えよう。

洋館2階建て、700坪の大型入浴施設で、
当時ドイツから輸入したラジウムを使った湯が売りであった。
今でいうところの、健康ランドのような場所である。

二重の円形浴場、演舞場、理髪店、セルフ食堂なども併設されていた。

下の写真は、私のコレクションから…。

噴泉浴場内にあったセルフ食堂のチラシである。


〈表面〉
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大正11年7月の汽車時刻表付きである。
クローバーのマークは噴泉浴場のマークだったらしい。
最初の絵葉書にも同じマークが見て取れる。



〈裏面〉
なんとも見てるだけで楽しいメニュー表である。
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五色酒なんて洒落たカクテルも!

大正7年1月には、隣接した場所に「電気旅館」という名の宿もあったようだ。

 さて、前置きが長くなってしまったが
いざ、現代の新世界へ。
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新世界は明治期まで、畑や荒地が広がる村だったが、
明治36年に開催された「内国勧業博覧会」が市街化のきっかけとなり、
その「内国勧業博覧会」跡地に誕生したのが、通天閣とルナパークである。
明治45年7月3日のことであった。
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ルナパークは、明治期、大正期のテーマパークである。
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敷地内には、絶叫マシーン様の乗り物や、ローラースケート場、演芸場
映画館などなど多種多様な施設があった。

その周辺にある施設のひとつとして「噴泉浴場」も存在していたのである。

写真の場所は、通天閣の南東、
現在のジャンジャン横丁北側入口辺りである。



実際に訪れてみると
絵葉書と反対側の北東角側は「朝日理容」という散髪屋であった。
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散髪屋の横の工事現場から覗いてみたが何も残っていなかった。
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昭和25年、跡地はストリップ劇場(温泉劇場)となったが
昭和46年に閉館した後、劇場を改装して映画館(温泉映画劇場)となり、
昭和56年にその映画館も閉館となった。
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(天王寺動物園側より撮影)



通天閣上から見た噴泉浴場跡地。
写真左側には天王寺動物園がある。
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あともう一か所、
こちらは「新世界グランド劇場」跡地。
戦前は「玉手座」「いろは座」があった場所である。
ついでに撮影してきたので紹介しよう。
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そちらの跡地も新しい店舗ビルの建設が始まろうとしていたので見納めである。
ギリギリ間に合った。

お昼時に工事現場の扉が開いていたので運よく近くで撮影できた。
残っていた壁の跡。
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レンガの壁も少し残っていた。
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当時の事は何一つ知らないはずなのに
消えゆくものを目の前にすると、
なぜこんなに寂しい気持ちになるのだろうか…。



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通天閣より、京セラドーム方向を望む。


(2015年9月訪問)


【2016年8月20日・追記】
先日、久しぶりに訪れてみると、新世界グランド劇場跡の方に新しく建ったビルの後ろは駐輪場となっており
壁は無事残っていた。